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神戸地方裁判所 昭和35年(わ)144号 判決

被告人 西川三朗之亮 外三名

主文

被告人西川三朗之亮を懲役三月に、被告人下川充、同寺門広を各懲役二月に処する。

但し、右被告人三名に対しこの裁判確定の日から一年間、右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用(証人清水登志雄、同石峰靖夫に対して支給した分を除く)は、右被告人三名の連帯負担とする。

被告人松並嘉男は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人西川三朗之亮は、運輸省雇にして昭和三四年四月頃から全国港湾建設労働組合第三港湾建設局地方本部神戸港支部長、被告人下川充は、運輸技官にして昭和三四年四月頃から同支部執行委員、被告人寺門広は運輸技官にして昭和三四年六月頃から同支部代議員の地位にそれぞれあつたものであるが、日米安全保障条約改定阻止第九次統一行動の一環として、昭和三四年一二月一〇日午後〇時半から午後二時半頃まで神戸市生田区海岸通第三港湾建設局において勤務時間内職場集会が開催されることになつたので、前記神戸港組合支部においては、一部保安要員を除き全員参加の方針のもとに、当日組合執行部役員の一部及び代議員たる被告人ら約二〇名がピケ要員として残り、午後〇時半頃から神戸港工事事務所内を巡回し、組合員に対して右職場集会参加を呼びかけていた。

ところが、同事務所工事課事務室で執務していた運輸技官大西宏(当時三六才)が、ピケ要員の数回にわたる説得にもかかわらず、時間内職場集会が公務員法違反であるとして参加を拒んだので、被告人西川において一五分以内に部屋から出なければ実力行使をする旨警告のすえ、午後一時二〇分頃右被告人三名は、外数名のピケ要員とともに工事課事務室に入り、当時同工事事務所長の命により、職務として担当していた歩掛計算検討事務に属する基礎的研究のため、日本生産性本部訳「ワークスタデイ便覧」という参考文献を読んでいた前記大西宏に対し集会参加を要求し、依然拒否されるや、被告人西川及び同下川が背後からかかえて立ち上らせようとしたところ、同人が立とうとしなかつたので、被告人西川が被告人寺門に足を持つように指示し、こゝに右被告人三名の間に大西宏を強いて運び出そうと意思を通じ、被告人西川が大西宏の右腕を、被告人下川が左腕を、被告人寺門が両足をかかえ持ち、同人の身体を仰向けにし、同人の自席から工事課事務室南出入口を経て、同事務所正門附近まで(約二五米)運び出して暴行をなし、もつて大西宏の職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

一、弁護人は、新安保条約は憲法違反の疑があり、公務員には憲法擁護の義務があるから、新安保条約反対の統一行動として行たわれた本件時間内職場集会は憲法擁護義務履行として違法でない。公務員の争議行為を禁止した国家公務員法第九八条は憲法第二八条に違反する疑があり、仮に合憲だとしても、少くとも行政の中核体を構成する公務員のみに適用されるべきで、本件の如き肉体労働者の職場に適用されるべきではない。しかも同法は経済闘争のための取引としての争議行為を禁じたもので、本件の如き憲法擁護のための抵抗行動は含まれない。従つて本件時間内職場集会は国家公務員法違反にならない旨主張するので、判断する。

憲法第九九条は公務員は憲法を尊重し擁護する義務を負う旨規定しているが、これは公務員に対し現行法秩序の枠内で憲法を擁護する義務を課したもので、その手段方法はあくまで現行法秩序を尊重し、合法的に行なわれるべきであり、従つてたとえ憲法擁護の目的に出たからといつて、本来ならば違法と評価さるべき行為を正当化するものでない。

国家公務員法第九八条第五項によると国家公務員は争議行為を禁止されているのであるが、国民の権利については公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする(憲法第一三条)ものであるから、憲法第二八条が保障する勤労者の団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利も公共の福祉のための制限を受けるのは已むを得ないところである。殊に国家公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではなく、(憲法第一五条)国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない職責を有し、(国家公務員法第九六条第一項)私企業のために奉仕する一般の労働者と異り公共の福祉に直接つながる性格を有するものである。国家公務員は全国的に極めて巨大な人数に上り、事務組織上全国的に連絡を持つているものであり、かかる地位にある国家公務員が団結してその勤労条件の維持改善等の要求を貫徹するため争議行為をなし、その結果政府の活動能率を阻害し低下させることは、国民全体の利益を侵すことになり、国民全体の奉仕者として公共の利益のため奉仕する本質に背くこととならざるを得ない。ここに公務員の争議権について一般労働者と異つて特別の取扱を受ける実質的な理由が存するのである。

国家公務員法第九八条第五項により国家公務員に対し争議行為を禁止しているが、他方その代償的措置として人事院制度が設けられ、公務員の労働条件等が不利益にならないよう考慮されているものであり、その制度も従来国家財政上の制約の下に必ずしもその機能を十分に果しているものといえない実情ではあるが、人事院、政府及び国会はこの制度の精神に従い公務員の利益を保護すべき責任を有するものである。

従つて公務員の争議行為を禁止した国家公務員法第九八条第五項の規定は憲法第二八条に違反するものということはできない。

なお単純労務に従事する公務員にまで争議権を禁止することは立法政策としてその当否が問題とされるとしても、国家公務員法第九八条の規定する職員(国家公務員たる職員)には何等制限がなく、かつ立法に至るまでの経過からみて、行政の中核体を構成する公務員のみならず、単純労務に従事する公務員に対しても争議行為を禁止するものと解すべきである。

また、同条は必ずしも経済闘争のみに限らず、いわゆる政治的目的のための争議行為についても禁止する趣旨と解すべきである。

以上の理由により、本件時間内職場集会が違法でないとの弁護人の主張は採用することができない。

二、弁護人は被告人らの大西宏に対する連れ出し行為は諸般の事情に照らし正当な説得行為として違法性がない旨主張する。

しかし、前掲挙示の関係証拠によれば、被告人らは大西宏に対し同日再三に亘り本件職場集会に参加するよう呼びかけ、最後には今後十五分以内に応じないときは実力行使する旨警告したにかかわらず、同人において本件時間内職場集会に参加することは違法であるとの理由の下に右説得に応ぜず、事務所内の自席で執務していたので、警告どおり実力行使するより外ないと考え、被告人ら数名が大西の側へ行つて参加を求めて依然拒否されるや、被告人西川、同下川が大西の背後から抱えて立ち上らせようとしたところ、同人が立とうとしなかつたので、被告人寺門が西川の指示で大西の足を持ち、かくて大西の意思に反して強いて同人の手足を持ち上げて同人の身体を仰向けにし、自席から約二五米先の事務所の表門まで運び出したもので、大西としてはこれ以上強いて抵抗しても無益であると観念し被告人らのなすがままに運び出されたものと認めるに足り、右状況に照らし、被告人らの右所為は説得行為の限界を逸脱し、暴行に該当すること明らかである。

三、弁護人は、大西宏は上司の命により当時試験的に実施されていた日々工程専門官の職務に相当する歩掛計算検討事務等を取扱つていたとしても、右専門官制度は当時行政組織上正式の制度として存在しなかつたものであり、工務課調査係長であつた大西宏の職務とは関係がないから、同人には右歩掛計算検討事務を行う抽象的職務権限を有しなかつたものである。また「ワークスタデイ便覧」を読んでいたのは、一般的な職務上の教養のため読んでいたもので職務の執行とはいえない旨主張するので、判断する。

刑法第九五条にいう公務員の職務の執行と認められるためには、法令上当該公務員にその行為をする一般的職務権限があることを必要とするが、その職務内容は必ずしも法令で具体的に規定されたものであることを必要としないものであり、また一般的権限を有する以上、単に職務執行上の便宜に基いて定められた内部的事務分担のいかんは、職務権限の有無に影響を及ぼさず、更に、一般的職務権限は当該公務員の独立の権限たることを要せず、上司の指揮、命令によつて事務を執り行う場合であつても差支ないのである。而して国民の自由や権利に直接影響を及ぼさない職務に関して公務執行妨害罪の成立を認めるには、その行為をなすにつき、右のような意味での一般的権限があることを要し、又それをもつて足りると解するを相当とする。

大西宏は昭和二二年七月運輸技官に任命され、昭和三三年四月一日から運輸省第三港湾建設局神戸港工事事務所勤務を命ぜられていたものであるが、国家行政組織法の一部を改正する法律(昭和二五年法律第一三九号)附則第二項の規定により、各行政機関の職員の官に関する従来の種類及び所掌事項についてはなおその例によるものとされる旧各庁職員通則の第二条第二項によれば、各省技官は上官の命を承け特別の学術技芸に関すること(教育に関することを除く)を掌る旨規定せられているから、右大西宏は上司の命により右神戸港工事事務所の所掌事務のうち、特別の学術技芸に関する事務を行う一般的権限を有していたものと認めるべきである。

ところで、証人大西宏、同小松雅彦の当公判廷における各供述によれば、昭和三四年四月中旬頃第三港湾建設局長の召集した同局管内事務所長会議において港湾建設工事の能率的施行を図るためいわゆる専門官制度を設けることについて協議した結果、同局長から各所長に対し、昭和三五年四月頃から正式に組織を改正して各事務所に専門官を設置する見込であるが、それまでの間は試験的に実施し実質的に専門官に相当する事務を担当させることを指示し、局長の右指示に基き神戸港工事事務所長小松雅彦は昭和三四年六月頃前記運輸技官大西宏に対し、所長のスタツフとして、実質的に日々工程専門官の職務に相当する事務(日々工程手順の検討、歩掛計算の検討等の事務)を担当することを命じ、大西が右所長の命を受け昭和三四年六月初頃から昭和三五年三月頃まで右事務を行つていたものであり、また元来右の歩掛計算等の事務は同事務所において各工事担当係員が専ら勘や経験によつて行つて来た実情であつたが、工事の能率的施行を図るためにこれを科学的に検討する必要上、専門的に研究させるに至つたものであることが認められる。

而して第三港湾建設局神戸港工事事務所は、所轄地区における港湾関係の工事の施行に関する事務を掌るものであるから(運輸省設置法第四六条、第五〇条)、その工事の能率的施行を図るため、工程手順の基礎となる歩掛を科学的に検討する歩掛計算検討事務等は、性質上当然右工事施行に関する事務に包含されるものであり、かつ右歩掛計算検討事務は神戸港工事事務所の所掌事務のうち、特別の学術技芸に関する事務に属するものというべく、また、運輸省港湾建設局庶務規定第一〇条によれば、工事事務所の長は局長の命を受け、所属職員を指揮監督し、当該事務所に属する事務を掌理する旨規定せられているから、前記の如く所長が局長の指示により、同工事事務所勤務の運輸技官である大西宏に対し、右歩掛計算検討事務等を担当することを命じ、大西がその命をうけて右事務に従事していたものである以上、右事務を取り扱うことは、大西宏の職務権限に属するものと認めるのが相当である。

なお、大西宏は本件犯行当時歩掛計算検討事務の参考に資するため、かねて所長から参考書として読むよう勧告されていた「ワークスタデイ便覧」を読んでいたものであるが、右「ワークスタデイ便覧」が歩掛計算検討事務の執務上相当密接な関係を有する有益な専門的参考書であることは証人小松雅彦、大西宏、吉川和宏の当公判廷における各供述によつて肯認するに足り、歩掛計算事務のような研究的事務においてはその研究に資するため参考となるべき文献等を読む必要が大いにあるものと考えられ、従つて大西宏が自己の職務に属する歩掛計算検討事務の執務上参考に資するため有益な参考文献を勤務時間内に自席において読んで研究している行為は同人の右職務の内容に包含されるものと認めるべきである。

尤も大西宏は当時辞令面では同工事事務所工務課調査係長であり、右調査係長の所掌事務と日々工程専門官の職務に相当する歩掛計算検討事務等とは具体的には別個の事務であるから、本来は配置換などの任用行為を要する場合であるとも考えられるが、右の事務はともに同事務所の所掌事務に属し、かつ運輸技官の一般的職務権限に属する特別の学術技芸に関する事務であり、結局同事務所勤務の運輸技官大西宏にそのいずれの事務を職務として担当させるかは便宜上の考慮からなされる内部的事務分配の問題に帰するのであるから、実際上上司たる所長から大西に対し右歩掛計算検討事務等の担当を命じ、大西がこれに従つて右事務を担当している以上仮に、右命令が公務員法に違反する点があるとしても、右事務を取扱うことが大西の一般的職務権限に属するものと認めて妨げないものである。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人西川、同下川、同寺門の判示所為は刑法第九五条第一項、第六〇条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内において、被告人西川を懲役三月に、被告人下川、同寺門を各懲役二月に処し、なお右被告人三名に対しいずれも情状刑の執行を猶予するのが相当であると認め、刑法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用(証人清水登志雄、同石峯靖夫に支給した分を除く)は刑事訴訟法第一八一条第一項、第一八二条により右被告人三名に連帯して負担させることとする。

(被告人松並に対する無罪理由)

被告人松並嘉男に対する公訴事実は、同被告人は本件の他の被告人らと共謀のうえ、共同して大西宏に対する判示の犯行に及んだというにあるので、同被告人の実行行為の分担の点及び共謀の点にわけて考察する。

一、実行行為の点について。

本件につき取調べた証拠中、被告人松並の実行行為分担の点についての積極証拠としては、

(1)  被告人松並の検察官及び司法警察職員に対する各供述調書中、「自分が大西の右腕を持ち、西川、下川、寺門が左腕及び両足を持つた」旨の記載

(2)  第六回公判調書中証人大西宏の「西川が自分の右腕を、松並が左腕を持つたように記憶する。足は寺門ともう一人が持つた」旨の供述記載

(3)  山中正三の検察官に対する供述調書中「松並か中村のどちらかが寺門と一緒に大西の足を持つていた」旨の記載

があるが、右証拠は、被告人松並が大西宏の身体のどの部分を持つたかにつき、相互に矛盾しているうえ、(1)の証拠につき、被告人松並は、当公判廷で兵庫警察署で警察官及び検察官にひき続いて取調べられた際、火鉢の炭火の中毒のため気分が悪く、大西宏の右腕を持つたと嘘の供述をしてしまつたが、真実は自分は大西の身体に全然手を触れていない旨弁解している。

更に、他の証拠と比較検討すると、被告人西川、同下川、同寺門は、当公判廷で一致して「西川が大西の右腕を、下川が左腕をそれぞれ背後からかかえるように持つて大西を椅子から立ち上らせようとしたが、同人が立ち上ろうとしなかつたので、西川の指示で寺門が大西の足を持ち上げて表門まで運んだのである」と供述するのみならず、捜査段階でも、被告人西川は、検察官に対し「後から両わきに手を入れて抱き上げようとしたが、重いので外二名の人の手をかりて出した」と述べ、被告人下川は、警察官に対し、「西川と自分で大西をかかえ、足は誰かが持つて出した」と述べており、被告人寺門も警察官(検察官に対してもほぼ同旨)に対し、「最初西川が大西の傍へ行つてどちらかの腕をとり、ついで下川に命じて他方の腕を持たせ、足を持てと西川が言つたので自分が足を持つた」と述べているのであるが、右はピケ要員として、本件当時被告人らと共に工事課事務室におつた代議員中村俊次の検察官に対する供述調書中の「西川と下川が大西の頭の方寺門がその両足を持つたように思う」との記載とも一致するのである。

従つて、これらの証拠に照らすと、前記(1)、(2)、(3)の各証拠はいずれも信用できないから、結局、被告人松並が、本件実行行為を分担したという事実は認めることができない。

二、共謀の点について。

いわゆる共謀正同正犯が成立するためには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思のもとに一体となつて、互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が存しなければならない(最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決)と解されるところ、本件において、被告人松並とその余の被告人らの間に右のような内容の共謀が成立したかどうかを証拠に基いて検討する。

先ず、被告人らの当公判廷における供述及び検察官、司法警察職員に対する各供述調書、山中正三、中村俊次の検察官に対する各供述調書及び第六回公判調書中証人大西宏の供述記載によると昭和三四年一二月上旬頃、同月一〇日に開催予定の本件時間内職場集会について打合わせをするため、組合執行部役員及び被告人松並を含む代議員が出席して、神戸港工事事務所労働組合の代議員会が開かれ、その席上、被告人西川から、「組合員全員に職場集会に参加してもらう。どうしても参加しない組合員に対しては実力行使をしても参加させる」旨の発言があり、出席した代議員も特に異議を述べず、これを了承したこと。集会当日の午後〇時半頃からピケ要員が、事務所内を巡回して職員に対し職場集会参加を呼びかけ、被告人松並も同日午後一時前後頃二回にわたつて工事課事務室に行き、大西宏に対し参加するよう呼びかけたが拒否されたところ、被告人西川が午後一時過ぎ頃二回にわたつて、工事課事務室に残つていた大西宏ほか数名の組合員に対し、一五分以内に部屋から出なければ実力行使をする旨警告したすえ、一時二〇分頃被告人西川、同下川、同寺門、同松並らが工事課事務室へ行き、大西宏に対し、すぐ部屋から出るよう説得したにかかわらず、依然拒否されたので、先ず、被告人西川が大西の背後から両脇下に手を入れて立ち上らせようとしたが、重かつたため、被告人下川が左腕を持ち、両方から持ち上げようとしたところ、大西が体重を後にかけて立ち上ろうとしないので、被告人西川がたまたま席の傍にいた被告人寺門に足を持つように命じて、右三人で大西を持ち上げ、表門附近まで運び出し、被告人松並は、大西を運んで行く一団の二、三歩あとからついて出たものであることが認められる。

ところで、被告人松並が出席した代議員会において、どうしても参加しない組合員に対しては、実力行使をしても参加させる方針を了承したとしても、被告人らのいわゆる実力行使というのは、必ずしも刑法上の暴行、脅迫を伴う行為であるとは限らないのであるから、この時において不参加者に対し暴行を以て連れ出すことを共謀したものと認めることはできない。

また、本件犯行の前に、一五分以内に出なければ実力を行使して連れ出す旨警告し、なおも応じない大西らに対し、警告どおり実力行使のため、被告人ら数名が事務室内に入つたのであるが、その連れ出しの具体的方法について予め話したわけでもなく、また、連れ出しに当つては、被告人西川においてさえ、当初は自分一人で大西の背後から両脇に手を入れて立ち上らせようとし、そうすれば大西も部屋から出て行くであろうと考えていたのであり、大西が体重を後にかけて強硬に拒むことは予想していなかつたものと認められるから、被告人松並においては、大西に対し暴行をもつて連れ出す結果になることを予め認識していたものと断定することはできない。

また、被告人松並は、ピケ要員として組合員の参加説得の任務を負つていたが、それは組合執行部役員の指揮をうけてなしていたものにすぎず、従つて、もし、本件に際し、自己に対して被告人西川から大西宏の身体を持つよう指示があつたとすれば、おそらく被告人寺門同様、その指示に従つたであろうとは推測しうるけれども、そのような指示もないのに、自分自身で、或いは被告人西川ら三名を自己の手足として利用して、大西宏を暴力的に連れ出そうというまでの意思があつたとは考えられないし、他方、被告人西川ら三名の側としても、大西宏を連れ出すに際し、被告人松並の手足となつて、自己の意思とともに同被告人の意思をも実現しようというような意思があつたとも考えられない。

その他、本件の証拠を仔細に検討してみても、被告人松並が他の被告人らと本件犯行につき共謀したと認めるに足る証拠はない。

結局、被告人松並については、犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴訴訟法第三三六条に従い、無罪の言渡をすべきものである。

よつて、それぞれ主文のとおり判決する。

(裁判官 本間末吉 奥村長生 坂元和夫)

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